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【コラム】学びへの感動を
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東京私学教育研究所長 堀 一郎 2003年10月29日
これからの私学教育を担う中堅教員たちに集まってもらい、「基礎学力とは」の調査研究を始めている。まだ始めたばかりだが、その捉え方は多様であり、ゆるやかな共通認識を持つだけでもかなりの論議が必要であろう。
その中で、「何のために勉強するの?」「こんなことを勉強して何の役に立つのかわからない」という子どもたちの問いかけにどう答えるかについて話し合った。「頭の中への貯金」という説明にかなりの生徒は納得したという。
「将来学問する際に必要」「生活に役立っているものもある」など具体的に説明することも時によっては有効だろう。しかし、これだけは、しかたなく学ぶということになりかねない。
そうではなく、積極的に学ぶ力を出せるよう教員たちは支援することが求められているのではないか。そのキーワードは「感動」。学ぶこと、知ることの喜びに気づくことではないだろうか。教育現場では、学力や学ぶことについて、教員たちは頭を痛め、様々な工夫を凝らしている。
先日公表された中央教育審議会答申「初等中等教育における当面の教育課程の充実・改善方策について」では、『確かな学力』という言葉が登場した。「基礎・基本を徹底し、『生きる力』をはぐくむ」とする今回の学習指導要領改定のねらいを実現するために、「『生きる力』の知の側面である『確かな学力』を育成するという理念をしっかりと踏まえることが望まれる」ということ。
これは、「平成8年の中央教育審議会答申(第1次答申)以来、一貫した考え方である」という。しかし、この第1次答申からは、『確かな学力』という字句を見つけることが私にはできない。その後の大きくなった学力低下への不安に対して、文部省が言い出したことであり、昨年1月の2002アピール「学びのすすめ」ではっきりと出てきている。このとき、文部科学省は学力についての方針を転換したということができる。
この『確かな学力』、なんとなくわかったような気がする言葉だが、具体的にどのようなものかというとはっきりしないと私は思う。「基礎学力」あるいは「基礎・基本」との違いは何か。現場での混乱は必至ではないか。
公立の学校完全週5日制を軸に「ゆとり」を前面に出した2002改定。学力低下が危惧されると『確かな学力』。こんなことでは、学びへの感動は生まれないだろう。中教審や文部科学省に頼ることなく、自ら考え、自ら判断して、自分たちの学習指導要領を作ろうではないか。私たちの試みはそのスタートかもしれない。
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